もうひとつの永遠の不在
- ふくち

- 1 日前
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2026年3月29日に「喪失を抱える心理臨床:いのちに触れ、喪失に臨む」というセミナーに登壇しました。
そこで私は二つの話をしました。「永遠の不在」と題した大事な人を亡くした場合の話と、「いつか来る日」という、自分自身にも終わりが来るという話です。
この研修の企画は、2026年1月頃に打ち合わせを行い、大急ぎで実現させてもらいました。私の病状が悪化する中で治療方針を決めなければならず、来年の今頃は自分はいないのかもしれないと強く考えさせられた頃でした。
後に回せば回すほど、自分がどうなるかわからない不安の中で、北川さんや山下さんにはご苦労もかけたと思います。
諸事情で、梶原さんの登壇が難しかったことは、とても残念でした。そこで、梶原さんにお願いしようと考えていた「喪失のケア」の話を、自分なりに語ろうと思い、「永遠の不在」と題したパートを作りました。
来年には自分はいないかもしれない。そう考える時に、思い出す友人がいます。
去年の今頃には彼女が生きていた。彼女はどのような気持ちで、その日を迎えたのだろう。
去年の彼女は過去の死。来年の私は、来年かどうかは決まっていませんが、未来の死。
その過去と未来の間の現在で、人は揺れ動いている。心は揺り動かされている。
3月31日は、彼女の命日です。同い年で、似たような婦人科がんを患い、2025年3月31日に亡くなりました。
イスラエルのハイファに住むキリスト教徒の研究をしていた文化人類学者でした。体調と世界情勢のため、なかなか現地に調査に行くことができず、悔しそうにしていました。
最後まで、彼女はあきらめずにいたかったのだと信じます。思いはいつも、世界にはばたいているような、力強い翼を魂に持つ人でした。
質問をすると、惜しみなく知識を披露してくれる方でした。間違ったまま情報が拡散されることが許せない性分の人でもあったように思います。
ムジャッダラの作り方を教えてもらったり、タッブーレはパセリがたっぷりじゃないといけないとか。アーティチョークを好み、本当は日本酒が好きで、時代劇も好きで、鳥も好きだけど黒猫も好きな。
映画「アラビアのロレンス」をきっかけに語学を学び、現地に足を運ぶようになり、研究者になった人でした。
2024年、彼女は一冊の絵本を出版します。『ウンム・アーザルのキッチン』https://www.fukuinkan.co.jp/book?id=7373
という絵本です。
ハイファに住む年配女性の生活を描いた本でした。キッチンと題した通り、ウンム・アーザルが美味しい食事を作りながら、傍らにいる人に話しかけるような絵本でした。
彼女が生まれた後にイスラエルという国ができ、生活が変わったこと。兄弟が多く、教育を受けたくても受けられなかったこと。
大きな歴史の出来事を、一人の女性の生活から描いた、静かで美しい絵本でした。
2025年4月1日。その絵本がボローニャ・ブックフェアの「BRAW Amazing Bookshelf 2025 - Sustainability: 17 Goals for a Better Future」に選ばれたことと、彼女の訃報が同時に届きました。
エイプリルフールだったらよかったのに、と思いました。
彼女はもういません。もう、彼女と会話をすることはできません。キリスト教以前の神々の痕跡を教えてもらうこともできません。砂漠の話も、鳥たちの話も、おいしいものの話も、聞くことはできません。
けれど、彼女の本は残りました。彼女の言葉も残りました。
ウンム・アーザルは今も、オレガノやパセリを刻んでいるかもしれません。彼女が出会った人々の生活は、今はとても緊張した世界状況にありますが、消えたわけではありません。
人は、他者の死しか体験することができません。そして、その不在は永遠に続きます。
残されたものは、静かに生き続けていきます。
そんなことを思いながら、私は「永遠の不在」という言葉を講義のタイトルに選びました。
そんな話でした。
このセミナーは、今後もアーカイブで配信されるそうです。悲嘆と喪失の体験にご興味のある方に見ていただければと思います。
また、このセミナーは「カウンセリングで出会う3つの困難と対応:自死・思春期・面接の中断」から連続性を持っています。
「死と生に向き合う心理臨床」は残念ながら配信されていませんが、「カウンセリングで出会う3つの困難と対応:自死・思春期・面接の中断」および「心理職としてのアイデンティティの危機と当事者性」はご覧になることができます。
ご興味を持たれた方は、オフィスKさんのHPでご確認くださいませ。




